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ピーナッツガ○ジとの邂逅

  • 執筆者の写真: カルメン
    カルメン
  • 2018年1月4日
  • 読了時間: 2分

この先不快な表現が含まれていますので、苦手な方はブラウザバックしてください。

 

 平成29年元旦。時刻は午前6時を過ぎたところ、清々しい朝だ。空気が美味しい。私は実家へ帰省するためにちょうどJR草津駅を発とうとしていた...現れたのである。ピーナッツガ○ジが。正確に言えばピーナッツガ○ジ達がである。駅の待合室で彼らは思うがままの蛮行を繰り広げていた。私は憤りを感じたが、もう私自身が良い年であるし、せっかくの元旦くらい笑って済まそうと考え行動に移さなかった。

 

 -まもなく米原行きの列車が到着し、私も彼らもその列車に乗り合わせることになった。車内に入り旅の疲れを癒そうと眠りに入ろうとしたその時であった... 投げてきたのである。何を?ピーナッツである。彼らピーナッツガ○ジ等が丁度私の席へ目掛けて放物線を描くようにしてピーナッツもとい柿ピーを投げてきたのだ。


 私は憤怒した。しかしその顔は平静であった。なぜならば私は知ってしまったからである。彼らはピーナッツでしか愛情を表現出来ないということを。 きっと彼らは辛い幼少期を過ごしてきたのであろう。心理学の著名な学者であるユングによれば性格を形成する要因として幼少期の経験が性格に影響を及ぼすと述べている。経験とは無論、親からの虐待等も含まれる。ピーナッツを用いた何らかの虐待。アナピー(ア○ルピーナッツの略)、チクピー(乳首ピーナッツの略)


 考えるだけでも興奮...ではなく身の毛がよだつ。


 -この思考の過程で私の胸中では柄も言われぬ感情が渦を巻いていた。

彼らの思い(ピーナッツ)を受け止めてあげたいと...むしろ来い。


 スッと怒りが消えた。放物線を描き、見事巻き散るピーナッツ。そして安寧。秩序だったカオス。これ釈迦が辿り着いたと言われる涅槃の境地なのかもしれない。私は恍惚とした表情でそれを受け入れる。


 -次は米原です-


 ハッと目を覚ました。 彼らと私の暴力的かつ一方的なコミュニケーションはすでに終わり、鮮やかな朝焼けとともに20分間の饗宴は最初から何もなかったかのようであり、電車は粛々と東へ進む。 米原で乗り換えて次は名古屋で降りよう、熱田神宮でお参りだ。

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